三日坊主の原因は甘え?継続できない人の本当の理由

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「継続は力なり」という言葉がある。

いにしえから伝わる超有名なことわざである。

何事においても継続が大事だということは、全員が知っている。

しかし、実際に継続できる人はそれほど多くない。

やる気はあったはずなのに、なぜ3日坊主になってしまうのか?

モチベーションをどうやって保てば良いのか?

私に言わせれば、モチベーションがどうとか考えるようなことなんて、そもそも、さほど重要なことではないのだ。

本当に重要なことなら、モチベーションなど関係なく、人は続ける。

人は誰でも継続して成果を得たい

健康増進、資格取得、知識拡充。

人はそれぞれ、何らかの目標や課題を抱えている。

そのために、運動、食事制限、筋トレ、勉強など、自己研鑽を始めようと決意する。

成長するためには、何かを継続するしかない。

多くの人がそのことを理解している。

向上心があること自体は、とても良いことだ。

しかし、現実はそう簡単ではない。

多くの人は、成果が出る前にやめてしまう。

なぜ人は継続できないのだろうか?

継続できない人の本当の理由

三日坊主の大量生産

なぜ素晴らしい心意気がありながら、三日坊主が大量生産されるのか?

多くの人は、時間がない、環境が悪い、運が悪い、とそれらしい理由を付けて、成果を得られる前に辞めてしまう。

もちろんこんなありきたりな言い訳は真の理由ではない。

私が考える真の理由は、2つしかない。

1つ目は情熱の欠如。
2つ目は危機感の欠如。

「絶対に成し遂げたい。」

もしくは、「やらなければ深刻な悪影響を受ける。」

という状況であれば、必ずやる。

つまり、やらないということは、「情熱」か「危機感」、あるいは両方が欠如しているということだ。

原因① 情熱の欠如

継続できない本当の理由の1つ目は「情熱の欠如」だ。

「絶対に成し遂げたい。」

という強力なモチベーションが継続力を生み出す。

例えば、プロ野球選手に本気でなりたい人は絶対に努力を惜しまない。

妥協する大谷翔平やイチローを想像できるだろうか?

そんなことはあり得ない。

彼らは、子供の頃から野球が上手くなりたい一心で当たり前のように練習を続けている。

つまり、継続できないということは、そこまでの強い動機がないということだ。

掲げた目標自体に対して、実はそんなに魅力を感じていないということだ。

原因② 危機感の欠如

継続できない本当の理由の2つ目は「危機感の欠如」だ。

こちらはマイナスを避けるという方向のモチベーションとなる。

「やらなければ深刻な悪影響を受ける。」という場合、やらざるを得ない。

例えば、命に関わる状況だ。

やらなければ助からないと言われたら、やらない訳にはいかない。

つまり、継続できないということは、危機感が足りてないということだ。

やらなくても別に死ぬわけでもない、などと心のどこかで舐めているから、継続できない。

人は必要に迫られれば、必ず行動する。

モチベーションを無理やり上げる方法

強い動機があれば自然と継続できると述べてきた。

しかし、実際はそんなに強い動機など持ち合わせていない場合が多い。

それでもモチベーションを上げるなら、出来ない理由を潰して、継続できる状況を作り出すしかない。

やり方は原因である2つの欠如を解消する事だ。

方法① 情熱を高める

方法の1つ目は情熱を高めること。

つまり、情熱の欠如を解消する。

早く目標を達成したい!とにかく早く取り組みたい!

と思えるレベルの情熱を持てれば良いわけだ。

効果的な方法としては、成長した自分をリアルに想像することだ。

とにかく具体的にリアルに想像するのがコツである。

尚、それでも情熱が湧いてこないのであれば、継続する価値がない目標と判断して、別の目標を追いかけた方が良いかもしれない。

方法② 危機感を強める

モチベーションを無理やり高めるもうひとつの方法は、危機感を強めること。

つまり、危機感の欠如を解消する。

やらないと大変な事になるぞ、と自覚する事が重要である。

効果的な手法としては、ダメになった自分をリアルに想像してみることだ。

絶対にそうなりたくないと強く感じるはずだ。

また、他人と比べて、自分の現在地と向き合うのも良いだろう。

他人との比較は悪いものだと思われがちだが、使い方によっては大きな原動力にもなる。

私が実践するモチベーションを高める方法

先ほど述べた、私が実践しているモチベーションの上げ方を紹介する。

これはあえて分類するなら、方法①の情熱を高める事につながる。

「情熱は足りているか?」

「情熱は足りているか?」

とあるテレビ番組で観た、本田圭佑氏の言葉が私は好きだ。

これは、うまくいかない時に、自分の情熱が足りていたのかを自らに問いかける言葉だそうだ。

時間がないから仕方ない。
環境が良くないから仕方ない。
運が悪かったから仕方ない。

だが、本当にそうだろうか?

情熱が足りなかっただけではないか?

何かのせいにすることは簡単だ。

だが、それに何の意味があるのか?

迷ったら自問せよ

これまで述べてきたように、モチベーションが上がらない時、情熱や危機感が足りてないと私は考えている。

とはいえ、そんなに強い動機など、そうそう無いというのも事実かもしれない。

それでもモチベーションを上げたいというなら、この言葉を自らに問いかけて欲しい。

進むか戻るか、大きな判断材料になるはずだ。

「情熱は足りているか?」

やはり素晴らしい言葉である。

継続できない三日坊主は才能のせいではない

三日坊主になる理由は、能力でも才能でもない。

情熱か、危機感。

そのどちらかが足りないだけだ。

継続できないのは、環境のせいでも、時間のせいでもない。

ただ、その目標が実はそこまで重要ではなかった。

それだけの話だ。

それでも無理やりモチベーションを上げる必要があるなら、自らに問いかけるべきだ。

「情熱は足りているか?」

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