X(旧Twitter)、Instagram、Threads、YouTube、TikTok、Facebook・・・
パッと思い付くだけでも多くのSNSが乱立している。
まさに大SNS時代の到来である。
常に人と繋がりを持てる一方、匿名性を悪用した誹謗中傷は、大きな社会問題にもなっている。
私自身はSNSについて、ツール自体の善悪というよりは、使い方や個々の向き合い方の問題が大きいと思っている。
何かのせいにするのは簡単だが、いつだって決めるのは自分自身だ。
使い方次第で薬にも毒にもなる。
本記事では、私がSNSについて考えていることや、SNSとの付き合い方について話したい。
大SNS時代の到来と問題点
SNSの便利さと可能性
SNSは使い方によっては非常に有意義だ。
気軽に仲間とコミュニケーションを取ったり、最新情報を知ることができる。
興味を惹く投稿で集客することもでき、強力なビジネスツールにもなり得る。
現代社会ではSNSと無縁な生活は難しく、うまく使えば生活や仕事を豊かにしてくれる。
SNSが抱える課題
一方で、SNSには問題も多い。
匿名性を利用した誹謗中傷や、悪目立ちして儲けようとする炎上商法は後を絶えない。
もしも自分の学生時代にこれほどSNSが発達していたら・・・と考えると少し怖い。
では、今の子供たちはどう向き合うべきか?
これは非常に難しい問題である。
最近のSNS事情と疲れやすさ
SNS疲れの原因と距離感
最近のSNSは情報過多でしつこい。
学生時代の私にとって、初期のTwitterやMixiなどは、仲間とコミュニケーションを取れる画期的なツールだった。
暇で無駄にエネルギッシュだった昔の私は、Twitterのタイムラインを全て見ていたが、当時は自分がフォローした人のツイートしか流れてこなかったので、そんな芸当が可能だったのだ。
しかし最近は、過剰な広告やフォローしてない人の話題のツイートなどが流れてくる。
他のSNSでも同様だ。
おすすめ機能は、自分の知らなかった情報を知れる良いチャンスではあるが、実際には興味の無いものが多い。
何より情報量が増え過ぎて、はっきり言って煩わしい。
2010年代前半には「SNS疲れ」という言葉も生まれた。
過剰な情報に溺れて、常に新しい情報が勝手に流れ込んでくるのだから、誰だって疲弊する。
残念なことに、匿名性を利用した誹謗中傷も溢れている。
少しでも有名になろうものなら、何を発言しても一定の批判を受ける。
発言の度に大炎上を繰り返す人もいる。
(狙って炎上する人もいるが、それは一旦置いておこう。)
望まなくとも、そんな下らないやりとりを見せられるのだから、SNS疲れするのも当然だ。
SNSと距離をとるのは成長
今から10年以上前、SNSの認知度が上がってきた頃は、何となく全体像が見えていたような気がする。
だが、最近はこういった流行には全くついて行けなくなった。
正確にはついて行かなくなった。
興味自体が湧かなくなったし、特にそれで不利益を被った事もない。
流行には疎くなったが、実害はない。
見た目や体力面よりも、むしろ流行に興味が無くなるといったメンタル面の変化こそが歳をとった証拠なのかもしれない。
しかし、自分にとって重要なものとそうではないものの見極めができるようになったという意味では、成長とも捉えられる。
重要でないものに時間を費やすのは有意義ではない。
世の中の全ての事象を追うには、私たちの人生は短すぎるのだ。
SNSとの向き合い方
SNSとの距離の取り方
こんな時代で、SNSに振り回される事なく、有意義に利用するためには、SNSとの適切な距離感を自分で見つける必要があると思う。
おそらくその距離は人によって違う。
SNSを使用するのは、1日1時間以内などと時間で区切るのも良いだろう。
あるいは、嘘か本当かも分からない不確かな情報に触れるぐらいなら、SNSを全く見ないというのも選択肢もある。
意図的かは分からないが、印象操作に繋がる投稿も多い。
ニュースなどであれば、もっと信頼できる情報源を探すべきだ。
ましてや重大なニュースならインターネットを遮断しても何かしらの形で耳に入ってくる。
いずれにしても、他人の主張に流されずに、自分の意見を持っておくべきだ。
私なりのSNSとの向き合い方
偉そうにSNSとの距離感などと語っているが、私自身は特にSNSに触れる時間などは気にしていない。
正確には明確なルールを設けていない。
そもそも多忙な日々でSNSを見る時間が限られているし、疲れたり不快になったりしたら見るのを止めるだけだ。
今のところ特に実害も出ていないので、あまり気にせず自由にやっている。
もちろん、必要に応じて軌道修正するつもりだ。
ただし、SNSを生業にしている人は、嫌でも毎日SNSと向き合わざるを得ないだろう。
向き不向きもある。
SNSとの向き合い方に、唯一解は存在せず、各々に適切なラインがあるのだ。
結論:自由に向き合え。自分で決めろ。
最後に、投げやりに聞こえてしまうかもしれないが、私なりの結論はこうだ。
「他人に迷惑を掛けない限りは、自分の人生なのだから好きにやれば良い」
我ながら、元も子もない結論になってしまったが、それもまた一興である。
自分の人生の決断は、他人に任せるべきではない。
決めるのはいつだって自分自身だ。



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